不器用な恋
共に戦う事は出来ても、隣に立つ事は一生出来ない。
私は貴方の影。
全ては政宗様の為に。
その為ならばこの想い、殺すことも厭わない。
「遊士、頼めるか?」
「はっ。政宗様の御命令とあらば」
上座に座す主君に向けて頭を垂れる。
「……じゃぁ頼んだぞ」
「はっ」
それでは、御前にて失礼。と、一言告げて遊士は政宗の前から姿を消した。
「俺の命令ならば、か」
気配すら残さず消えた己の忍の言葉に政宗は苦く思う。
「お前は道具じゃねぇんだ。嫌なら嫌って言え。…お前の意思はどこにある、遊士」
その問いに応える者はいない。
政宗は静かに立ち上がり、その部屋を後にした。
◇◆◇
任務を請け負った遊士はとある行列の警護にあたっていた。
「あれが田村の娘…」
その任とは、政宗の許嫁候補である田村の娘を無事、城まで連れてくる事。
行列から少し離れた木々の間を跳ぶ遊士は、御簾の隙間から見えた少女の姿に知らず眉を寄せた。
「これは仕事だ。私は政宗様の為にここに居る」
邪魔な感情は捨て、忍として任務に徹す。
己に言い聞かせる様に呟き、不意に現れた不穏な気配に向かってクナイを投擲した。
「チッ、山賊か…」
前方から現れた賊は、御輿を囲うようにゾロゾロと湧き出て来る。
伊達から出向して来た兵は忍の自分を入れて五人。
他は田村の兵だが、地形的に言ってもこちらが不利。
左右を土壁に囲まれた一本道。賊は前後と、左右の土壁の上。
その土壁の更に上、木の上にいた遊士は悪態を吐きながらもクナイで土壁の上にいた賊をあっという間に殲滅させた。
下では伊達と田村の兵が御輿を護るように賊と対峙している。
田村の娘は己の身も護れぬのか。
ぶつかり合う金属音に遊士も身を投じた。
「田村の。ここは私達が相手する。御輿を連れて先へ行け」
戦いに慣れていないのか、へばってきている田村の兵に遊士は無機質な声で言う。
道を塞いでいた賊を蹴散らし、御輿を先に行かせると、遊士は残った伊達の兵と共に賊を一掃した。
その強さや、さすが政宗様自慢の伊達軍。田村なんぞと比べ物にもならない。
「遊士様、俺達ゃ後から追いますんで先行ってくだせぇ」
「あぁ、分かった」
後始末を任せ、遊士は先に行かせた御輿を追う。
その胸に焦燥を抱き。
あれでは、…田村の娘ではいつか政宗様の御身を危険に晒す。
私ならば――、
「違う。…私は政宗様の影であり、政宗様の忍」
余計な事は考えるな。
それから無事城門をくぐった御輿は政宗に迎えられた。
「遊士」
「はっ。道中にて山賊と思わしき賊に遭遇し、討伐致しました。その他、滞りなく」
「そうか」
中から出てきた政宗は田村の娘を歓迎するでもなく、遊士の報告を聞くと踵を返す。
「ついてこい遊士」
「はっ。ですが、よろしいので?」
田村の娘を出迎えに来たのではないのか。
案にそう告げると政宗はha、と唇を歪め聞き返して来た。
「お前こそそれで良いのか?」
「…意味が解りかねます」
政宗について、政宗の自室へと遊士は足を踏み入れる。
たんっ、と障子を閉めれば、上座に座った政宗に鋭い眼光で射竦められた。
「――っ!?」
「座れ」
いつになく厳しい口調に遊士は促されるまま下座に座り、頭を垂れる。
「遊士。お前の目から見て田村の娘、どう思う?」
「はっ、…大層愛らしい御方かと。政宗様におきましては良き縁かと存じます」
「本当にそう思うか?」
「…はっ」
重ねて問われ、遊士は畳を見詰めたまま答える。
例え政宗様が田村の娘を娶ろうとも忍の私にはなんら関係の無い事。
どれ程この胸が痛もうとも、私が口出し出来る事ではない。
「そうか。なら、城に居る間お前を田村の娘に付けるか」
「…はっ、それが政宗様の御命令とあらば」
政宗様の側から外される?
今までそんなこと一度もなかったのに、…何故。
私は何を失敗した?
遊士はぐるぐると考えながらも、表情には一切出さず冷静に是と返す。
そこに政宗は更に混乱させるような台詞を続けた。
「いや、これは命令じゃねぇ。自分で判断して動け」
「は?それはどういう…」
「自分で考えろ。話はそれだけだ」
結局、答えを得られぬまま遊士は部屋を追い出された。
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